同情するなら愛をくれ ※大庵と響也の出合いを威勢良く捏造です。すみません。 駅前でギターを片手に歌う奴らなど珍しいものじゃない。 大庵は大概いざこざが起きない限りは、この場所を黙って通り過ぎていた。 一際目立つリーゼントと、まだ幼さを残しながらも整った顔形はそれなり人目を引くし、自らもバンドも組んでいた。此処で歌う時は固定ファンもついているから自信もそれに見合う実力もあると思っていた。 ただ、今日はそのつもりで此処を訪れた訳ではなかっただけだ。 大概は歌を目当てで集まってくる善良な奴らだが、極まれに、いざこざを起こす者もいるので、こうして脚を運んでいるのだ。別に、自分のシマに手を出しやがってなどと粋がっているつもりではなった。 高校に在籍中の大庵は、警官では無かったが、地元の族に顔は広いという腕前を買われて一種の自警団としての任を預かっている。それによって、若干の犯罪歴は厳重注意で済ませてもらっているのは内緒だ。 屑の取締を屑にやらせれば、面倒を起こす屑は減る。公僕が考えたにしては、大変に理にかなった方式で、元々才能があったのか本当に小競り合いが減ったと賞賛され、調子に乗り易い性格である大庵は、自分がこの役割を気に入っている事にも気付いていた。 『学校を卒業したら警察に入るのもいい。』 そいつと出会ったのは、そんな将来の夢を描きかけていた矢先でもあった。 此処では一度も見掛けた事のない男。 サングラスに隠した顔は印象からいけば随分と幼く見えた。薄い色の短髪は、肩でぴんぴんと勢い良く跳ねていた。女の子かと凝視しまう程に顎の線も細く滑らかだったが、よく見れば体つきは男で、小顔で長身。属にいうモデル体型って奴だ。 ギターをつま弾く音は正確だけれども優等生な音色。いかにも優男な外見とあっていた。 『特に音楽が好きではないんだけど、女の子にモテたくてやってるんだよ。』 そんな台詞が似合いそうだと決めつけて、大庵は軟弱な奴だと斜めに視線を送った。 正直言って好きになれない。 何と言っても自作の歌詞が『陳腐』、これに尽きる。自分の中の常識が「是」と思っていたものを、軽くスルーしていく歌詞に意味を見出す事も、世間が受け入れる事も有り得ないと確信していた。 顔が良いだけじゃ、音楽なんか出来やしない。これも持論だ。 しかし、大庵の予想を裏切って、毎日のように訪れるそいつに固定客が付き始める。一桁から二桁。そのうちに、親衛隊モドキも出てくる始末だ。 こうなってくると安穏としていられるはずもない。この場所で古株として人気を博してきた自尊心が大庵にもある。こいつの何処がそんなに良いのかと、つい問いただしたくなった。 「まあ、聞いてみなさいよ。」 そいつのファンを自称し出した仲間内の女にそう言われて、大庵はその日初めて脚を止めた。 曲もリクエストも終わったのに、大庵の脚は地面に張りついた様に動かなかった。驚いたのが六割、もう少し聞いていたかったが三割だ。後の一割は、わけのわからない感情だったので、捨て置く事にする。 四散していく人々の間から、リーゼントの男が取り残されていくのは、そいつも奇妙に思ったのだろう。サングラスを指でずらすと斜めに見上げて来る。黒目がちの碧い瞳は射すくめるように真っ直ぐに視線を寄越し、思っていた以上に整った顔に、大庵は思わず息を飲む。 「何か用?」 続けざまに歌っていたせいか、男の声が微かに掠れている。そんな事にも妙にドキマギする自分が、薄気味悪く新鮮だった。 「良い声してるじゃないか。お前、何処の学校のもんだ?」 「…学校なんて行ってないよ。」 しれっと澄ました顔が答える。こんな賢そうな顔してるくせに、高校(ひょっとして中学か!?)にも行けない莫迦なのかと大庵は奇妙に感心した。 それを目ざとく見つけた男は、眉間に皺を寄せる。 「アンタさ、凄く失礼な事を思わなかったか?」 「あ、いや。高校を出てなくたって、生きては行けると思うぜ。」 大庵の言葉に、相手は益々頬を膨らませて口を尖らせた。その仕草が可愛いと思い、野郎相手に何をと首を振る。 「夏期休暇でこっちへ戻ってきてるだけで、これでもロースクールを出てるんだけど。」 「ロースクール?」 「………大学院。」 綺麗な碧い目が、莫迦にしたように細められる。 大学院!? この子供みたいな奴が。 ぎょっとした表情を見て完全に機嫌を損ねたらしい男は、ふんと鼻を鳴らして背中を向けた。ギターケースにさっさと手持ちのギターを入れると立ち上がる。 「じゃあね。」 全く抑揚のない挨拶を置き去りに、歩き出した男の腕を大庵は慌てて引いた。女みたいに細い腕。折れてしまいそうで思わず手を離してしまう。 …一体こいつは、幾つなんだ…? 「悪かった、俺は頭悪いんだよ。」 「本当にな。」 「謝ってるだろ?」 「アンタが悪いんだから当然だろ?」 可愛くねぇ。 むうと口をへにした大庵に、男は腹を抱えて笑い出した。さっきまでの不機嫌な表情を払拭するかのように、その笑顔は大庵の目に焼き付く。 驚くほどに人目を引く男。きっとそれは、顔とかスタイルとか断片的なものじゃあないのだろう。 「ごめん、ごめん。こっちじゃ珍しいよね、僕も悪かった。何とも思ってないよ。声、褒めてくれてありがとう。出来れば歌も褒めて欲しいんだけどね。」 そう告げると、ニヤリと口端を上げた。曲はちょっとなあと思っていた大庵は、心を読まれたかと苦い笑いを浮かべた。 「明日も、来るのか?」 「休暇中は此処で歌うつもりだ。アンタ、曲を聴いてる間中眉間に深い皺を寄せてたから、てっきり文句を言ってくるんだと思っていたよ。」 「は、まぁ。言いたい事はあるな…え、と?」 「牙琉響也。」 歌うように口ずさんだ。名前なんだと気付いた時は、相手はもう駅の構内へ入ろうとしている。 「俺は、大庵だ。眉月大庵。」 聞こえたのか、聞こえなかったのか、牙琉響也と名乗った人物は、軽く片手を上げて消えていった。 content/ next |